千葉県リサイクルショップ 買取太郎の 細矢 です。
自己紹介をご覧頂き、ありがとうございます。
20秒ほどでわかるように自己紹介です。
ぜひ、ご覧ください。
私はどちらかというと貧乏な家の三男として生まれました。
上の兄とは7つも、年が離れて生まれました。
ある晩の適当な一発?が命中してしまい、この世に生を受けました。
当たり前ですが、このころの記憶は今となっては、ぜーんぜんありません。
覚えているのは、兄の二人にいつも イジメ られていたこと。
お風呂にいっしょに入るといつも死にそうになるまで、
頭を押さえつけられていたことを覚えています(笑)
オヤジはトラックの運ちゃん
父はトラックの運転手でした。
長距離運転手だからいつも家にいませんでした。
遊んでもらった記憶もほとんどありません。
当時は長距離運転手といえば高給取りのはずが、
我が家はまさに貧乏そのもの。
育ち盛り三人の子供をもつ我が家は、食べるだけが精一杯の家庭。
父が運転していたのは、トラックではなくて、
火の車 でした(笑)
そんな我が家の大きく違うのは、食事のルール
「良く噛んで食べなさい」というのは、我が家では大嘘でした。
「食われる前に飲み込め」これが我が家のルールです。
良く噛んでいたら、目の前のおかずなんて直ぐになくなるんですよね。
そういえば、おやつの取り合いでよく喧嘩しましたね(笑)
バナナ1本で、顔を真っ赤にして取り合うんです。
まぁ~私の場合は、7つも年が離れていたので、
傍から見れば、ただ殴られて横取りされていたかもしれませんが・・・・。
そんな家庭ながらも比較的、幸せに暮らしていましたが、
ある日を境に変わっていきました。
いまだに覚えている驚いたこと
幼稚園ぐらいですかねぇ~、お友だちの家へ遊びにいったんです。
目が点になりましたね。
おっじゃましま~す! って入ったら、
デッカイ『下駄箱』 があったんです。
その下駄場を見て、目が点になりましたよ。
下駄箱ぐらいじゃ、普通おどろかないでしょうが、
当時、我が家には、しまうほどの靴がないから必要ありませんから、
あぁ~靴にもタンスがあるんだぁ~って。 当時は愕きましたね。
しかし、この感激の後、 お友だちを家に呼ぶことができなくなってしまいました。小っちゃいながらにデリケートなんですよね。このころって。
自分のちっぽけな小屋みたいな家が恥ずかしくなってしまったんです。
小さいながらに考えたこ
それでも、幸せにすくすくと育った私ですが、兄達といっしょに大きくなるとあることで、父と母がだんだんもめる機会が増えるようになりました。
なぜ、父と母が喧嘩していたかというと、
それは、お金。
育ち盛りの三人の男がいると、お金がかかるんですよね。
食費、服代、学費、部活代・・・・・。
父と母がキューきゅうな生活で、毎日のようにもめるようになったんです。
その喧嘩を部屋の隅できくのが、一番イヤでした。
喧嘩が始まると、部屋の片隅で小さくなっている自分を覚えています。
この喧嘩の声って、いくら耳をふさいでも聞こえてくるんです。
父が母をどなる罵声。
泣きながら言い返す母のカン高い声。
そして、 ドスンッ! と壁を殴る音。
心臓が バクバク して、
これからどうなるんだろう?